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昨日は『ペイ・フォワード/可能の王国』を観ました。

 人から受けた親切をその本人に返すのではなく、あえてその人と異なる別の人物3人にペイフォワード(次へ渡せ)する。少年の単純かつシンプルな発想が世界を変えた・・・。そんなプロットが本作の主題です。
 
このアイディアが受け入れられるか否かによって、本作への評価は分かれる。私はこの目新しいアイディアは素晴らしいと思うし、ピースフルな所も好きだ。

 しかし本作はどうも納得いかない出来だ。そもそもミミ・レダーという監督の起用がそもそもの間違いだったのかもしれない。この女性監督、『ディープ・インパクト』『ピース・メーカー』といった一連のアクション大作を手掛けた人物。なぜこの監督がこのヒューマン・ドラマを引き受けたか甚だ疑問である。
テーマは素晴らしいと思うのだが、その素材を全く生かしきれていない。
 ヘタに教師と主人公の母親の恋愛を盛り込みすぎて本来の「ペイ・フォワード」という主題がぼやけてしまっている。親子愛もあざとい演出だった。十分素晴らしいテーマなのにもっとシンプルにそぎ落とせなかったのだろうか。
 
ここからネタばれはいります。ご注意を!

 一番愕然としたのが主人公の死である。あんな安直な死に方をさしていいのだろうか?製作者はここが泣かせポイントと思っているのかもしれないが、そんな軽い死で人の心を動かせると思うな。
 
 しかもその主人公を刺したのが同級生の子供って・・・へドが出る。B系の服を持ったいじめっ子はバタフライ・ナイフを所持しているのかと。世界中のB 系の服を着た子供たちに対して失礼である。あまりにもステレオタイプ化させられた子供たちに償うべきだ。
 
 子供が主人公の映画なのに、子供の悪者の仕立て上げているのだぞ!と言いたい。それならトラックに轢かれるとか、元々、病を患っていたとかの設定にした方が遥かにマシである。
 
 確かに親切の人に与える時にはデメリットも存在する、決してペイ・フォワードは簡単ではない、ということを教訓めいた形で主人公に死に導いた演出ならわかるが・・・。ここではその説明も無いに等しく、ただのお涙頂戴シーンになっているのが悲しい。
 
 「ここで泣かせるシーンでも入れとくか。泣ける映画っていう形で売り出したいし」という製作者の意図がフィルムから見え隠れしているかのようだった。
 泣ける映画にはまず、1・子供2・主要人物の死の2つがあればオッケー!みたいな風潮には吐き気がする。そんなセオリーは捨ててしまえ。人の感動はそんな風には生まれない。この映画で感動した人には非常に迷惑ですが、今回は言わせてもらいました。
 
 映画は芸術でもあり、ビジネスでもある。商業映画なら利益を目的とした演出も必要かもしれない。しかしそれが結果として芸術としての価値を札束の中で窒息死させているのではなかろうか。

 かの名監督・ヒッチコックは映画のことを「モーション・ピクチャー」と呼んだ。そこには動く映像=動画といった意味もこめられているが、「感情を動かす映像=エモーション・ピクチャー」といった形の意味も込められていたのだ。
  
 本作は動かしきれているかい?
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アキオ

Author:アキオ
びびっ!とキタものを Vivid(鮮やかに) 紹介していきます☆★


*中島卓偉*プロフィール

1978.10.19 / 福岡県出身/ A型

バンド活動を経て、“TAKUI”として1999年ソロデビュー。

抜群の歌唱力と圧倒的なライヴ・パフォーマンス、そして稀代のソングライティング能力には業界内・外からも定評がある。

●最新シングル
『3号線』
発売中!

●デビュー10周年記念アルバム『BEST YOURS』
~TAKUI NAKAJIMA Anniversary 1999-2008~
発売中!!←はじめて卓偉の音楽に触れるひとにオススメ!ぜひ聴いてみて♪

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